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2014年8月15日 (金)

奇妙なボロ布 終戦記念日に思うこと

小学生のころに見た1枚の忘れられない写真があります。おそらくベトナム戦争時のものだと
思うのですが、迷彩服を着てヘルメットをかぶった一人のアメリカ兵がボロ布を持ち上げてい
る写真でした。
そのボロ布はただの布ではなく、頭と腕がついていました。布だと思ったそれはバラバラに
なったベトナム人兵士の遺体でした。顔に幼さが残り、まだ10代だったのではないかと思
いますが、彼は目を見開いたまま亡くなっていました。彼は最期に何を思ったのでしょう
か。何も思う間もなくこの世を去ったのでしょうか。おそらく写真を撮ったあとは葬られること
もなく、またそのまま地面に打ち捨てられたのではないかと思います。
これが戦争の現実です。戦争放棄、憲法第九条を守ろうと訴える人たちに対して、「平和
ボケ」などと言う右寄りの人々がいますが、この右寄りの人々は戦争、紛争の結果、今現
在も人がボロ布のように亡くなっていく現実を知っているのでしょうか。自分の目で見ている
のでしょうか。私はボロ布になりたくありませんし、ボロ布になった人を見たくもありません。
最近では太平洋戦争を体験した方々の高齢化が進み、「戦争体験の風化」が懸念されて
いますが、それ以上に「今地球上で起きている戦争の現実が隠されている」現在の日本の
あり方こそが問題だと思います。
日本の安全保障についていろいろな議論が交わされていますが、まずは「人がボロ布のよ
うに死んでいく戦争の現実」を正しく知ることがその第一歩として絶対に必要だと真剣に思
います。

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